母の日2016年はいつで何月何日?赤いカーネーションの意味由来

公開日:2015年3月8日

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どうも~こんにちは、管理人のコタローです。

 

毎年自分の母親に感謝の
気持ちを伝える母の日のイベント。

自分以前ケーキ屋にてバイト
していた事あるんですけど

その日に合わせてケーキとか
買ったりする人かなりいたりして
毎年相当忙しかったです。

 

やっぱり母親への感謝の気持ちは
どの人も変わらないんですかね~。

その母の日毎年いつなのかって
意外と気になる人もいたりして。。

 

あと母の日にカーネーションを贈る意味とか
由来って何なんでしょうか?
すっかり定着したように感じるこの風習。


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今回は母の日についてちょっと
遡ってみようかと思います。

プレゼントのランキングについては
別途記事を書いておこうと思います~。

では、いってみましょー。

 

2016年の母の日は何月何日?母の日にカーネーションを贈る意味や由来について

2016年の母の日

毎年5月の第2日曜日の日付だという母の日。

今年2016年の日付は「5月8日」の日曜日ですね。

 

毎年決まった日付ではなく
5月の第2日曜日といった感じに
イベントの日付けが変わります。

このあたり復活祭のイースターを
思い出しますね。

イースターは確か
「春分の日(3月21日)以後の
最初の満月の次の日曜日」がその日でしたから

 

 

そして5月の第2日曜日が
母の日となっているのは

日本、アメリカ、カナダ
ドイツ、フィンランド、イタリア、中国などで

第1日曜日はスペイン

5月の最終日曜日はスウェーデン

イギリスは四旬節(レント)の
第4日曜日となっています。

 

各世界でこんな具合に日付の違いはありますけど
母への感謝を伝える日というのは
変わらないようで

カーネーションやバラなどの
花束のブーケやフラワーアレンジメントなどを
贈るのが一般的のようです。

 

母の日の起源について

中世時代まで遡るなら
17世紀のイギリスの時代

復活祭(イースター)40日前の日曜日を
「マザーズサンデー」とし

奉公に出ていた子供はその日だけ
実家へと帰省し母親に会って
親孝行することが許されていたといいます。

 

そして現在のような母の日の形になってきたのは
20世紀初頭の1908年5月10日のこと

アンナ・ジャービスという母親思いの女性が
亡き母への追悼会をおこしたことが
起源とされているようです。

 

アンナの母親である
「アン・リープス・ジャービス」ですが

11人兄弟の中で生まれ育ったものの
当時のウエスト・ヴァージニア州の医療水準は
決して高いといえず

成人したのはアンさんを含めて
4人のみだったそう。

 

アンさんはその後クリスチャンとして
地域の医療、衛生環境の改善を行っていこうと

「マザーズデイワーククラブ」といった
ボランディア団体を設立、組織し
地域の医療補助活動に大きく貢献しました。

 

 

1861年の南北戦争の時に
アンさんが住んでいた
ウエスト・ヴァージニア州に

北軍と南軍との両方が
駐屯することになったそうで

 

当時は衛生環境が悪かったため
腸チフスやはしかといった病気が
蔓延したといいます。

そしてアンさんは
「マザーズデイワーククラブ」に救援を
依頼されて北、南関係なく

兵士たちのためにボランディア活動を
行っていったといいます。

 

この活動がきっかけとなり
「マザーズデイワーククラブ」は
大きく注目されるようになり

南北戦争が終わった後も
コンサートを開いたり

教会の学校で勉強を教えたりと
活動を続けていったといいます。

 

そして1905年の5月9日に多く人に
惜しまれつつ亡くなりました。


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アンナ・ジャービスがおこした追悼会が母の日のルーツ

そして先述したとおり
20世紀初頭の1908年5月10日に

アンナさんは苦労して自分を育ててくれた母親に
追悼の意味も込めてフィラデルフィアの教会にて

たくさんの白いカーネーションを
霊前にたむけたといいます。

 

白いカーネーションの花言葉は
「亡き母をしのぶ」

その行動を目にした参列者たちは大きく感動し
瞬く間に全米へと広がっていったといいます。

 

そしてアンナさんは支援者と
共に母親への感謝の気持ちを伝え
捧げる休日を作るよう議会などに
呼びかけ続け

やがてその声は大統領の耳にも届くことに。

そして1914年のアメリカ議会にて
5月の第2日曜日を「母の日」として
定めることが正式に決定したといいます。

 

いや~この行動力。。
本当に母親への感謝の気持ちがなければ
出来なったことでしょうね。

 

母の日の意味は変わってしまった?

さて、国の祝日として
正式に決まった母の日でしたが
当初アンナ・ジャービスが考えていたのは

戦死した兵士を悼み

平和のために活動する

母親たちに感謝する日

という事で、平和活動に従事する母親達に
感謝する日という意味合いが
強かったとか。

 

しかしこの母の日の意味合いは
徐々に花や贈り物を贈ることによって
母親への感謝の気持ちを表すといった具合に

経済循環、商業目的といった部分に
利用される形になっていきます。

国としてもそのように利用したほうが
都合が良かったということなんでしょうか。

 

アンナはこの母の日の変化に不満を覚え
母の日の意味合いを本来の厳粛なものへと
戻すための「反 母の日」の活動を始めます。

 

しかしその想いは実を結ばず
1948年に亡くなるという結末となっています。

結果的に現在では5月の第2日曜日に
花やグリーティングカードなどを贈り

母親への感謝の気持ちを伝えるといった事が
大衆化し現在へと至る。。というわけですね。

 

日本に伝わったのは

日本で母の日が行われたのは
明治時代の末辺り、大正時代になって

キリスト教会や日曜学校などで
母の日の活動は徐々に広がりを見せていきます。

 

昭和時代に入り1931年
大日本連合婦人会が結成されたのを機に

皇后(香淳皇后)の誕生日である
3月6日が「母の日」として定められましたが

当時はそこまで日本に
普及はしていなかったそうです。

 

そこで森永製菓が「森永母の日大会」といった
ポスターの貼ってあるお菓子店で招待券を配り

20万人近くのお母さんを
無料で招待したといいます。

 

この招待券、電車の乗車券に
豊島園の入場券、あとはお菓子の引換券に
牛乳やコーヒーなどが当たる福引券も
ついていたとか。

この活動が功を奏したのか
母の日のイベントは各地に
広がっていったといいます。

 

1949年の昭和24年頃からは
日本も5月の第2日曜日に行うようになり
カーネーションを贈るのが一般的となりました

 

赤いカーネーションを贈る意味は?

先ほどのカーネーションの話だと
白いカーネーションを贈るのが習わしなんじゃ
ないかと思いますけど

カーネーションって色によって
花言葉が違うんですよね。

 

「白色」だと
・尊敬 ・純血の愛 ・私の愛情は生きている

などですが主に亡くなった母親へ
贈るものとしての意味合いが強いようです。

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逆に「赤色」だと
・母の愛 ・愛を信じる ・熱烈な愛

などこういった具合に母親への
感謝の気持ちを伝えるのにはピッタリかなと。

 

あと、日本に母の日が普及した当初は
赤色と白色とで区別していたそうなのですが

色で区別することが子供の気持ちを傷つけたり
養母に育てられた子供の気持ちも
考慮しないといけないといった考えも出てきて

母の日には赤いカーネーションを
贈るといった考えが定着していったと
いいます。

 

まあなんとも・・
色々と深い意味があったんですねぇ。

 

今回のまとめです

調べていたら思いのほか長くなりました(苦笑

母の日に赤いカーネーションを
贈る意味にここまで深い意味合いが
あったとは知りませんでしたね。

 

母への感謝の気持ちを伝える日を叫び続けて
実現させたアンナさんの行動力に脱帽です。

まあ本人の意図する意味合いとは
違った形になってしまったかもしれませんけど

母への感謝の気持ちを伝えるというのは
やっぱりどの人にもある気持ちだと思いますから
決して無駄な活動ではなかったと感じます。

 

次は母の日へのプレゼントや
カーネーションの花言葉など
調べてみましょうかね。

 

そんなわけで2016年の母の日は何月何日か
赤いカーネーションの意味由来は以上です。

ではでは、これにて失礼します。
次回またお会いしましょう~。


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